『千一夜物語』公演写真&ストーリー
イラクの砂漠。砂嵐の中、3人の日本人が米軍に補給物資を届ける村を探し歩いている。
「お、あれじゃないのか?」
「助かったー!」
「あっ、待て、村上!地雷とかあるかもしれない!」
「何だって?風で聞こえないよ!」
「進むな、村上!ちょっと待てー!」
やがて静まると、暗闇の中から一人の男の姿が浮かび上がる。
そして暗闇から死んだ仲間の声だけが響く。
生き残った男は、地雷で手足を失った自分の体が日本の病院で生かされていることを知る。
「俺が生き残ることにどんな意味があるんだ…こんな体で…」
「さあな。死んじまった俺らに聞かれてもわからないよ。
じゃあな、村上。俺らの分まで、頑張れよ」
「頑張れって…何をだ?おい!」
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日本の病院。隔離された病室。
両手足も顔もなく、全身を包帯で巻かれた『男』がベッドに横たわっている。
その周りで、防衛省の人間、医師、看護士が秘密裏に話を進めている。
まるで中央にいる男の姿は目に入らないかのように。
「息をしているだけ、ということだな」
「そうですね…。当然普通に思考することは無理でしょう」
「名前を呼んでも聞こえんよ」
「よろしくね。名無しの権平さん」
「…そう言われても俺は挨拶もできないらしい。
あれから俺は一体どうなったんだ?
こいつら、俺が誰かちゃんと分ってるんだろうか?
…声が、出ない…」
『男』に意識はない―そう思って話を続ける医師と看護士。
2人の会話から、男は自分の体が大学病院の検体として生かされていることを知る。
「…ドクター!
患者が…泣いてるんです」
「涙じゃない、汗だよ。
この患者には思考能力がないんだ」
「違う!俺は泣いてたんだ!
看護士さん、信じてくれ…」
看護士さん、信じてくれ…」
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夏の夜。男が出立する前日。結婚したばかりの妻―亜由美と2人。
心配でたまらない亜由美は、握りしめていたお守りを差し出す。
「母と一緒に買ってきたの。
丈二が無事に、日本に帰ってきますようにって」
「亜由美…くれ。
首にかけてくれ」
そしてたまらずその背中にすがりつく。
「…なんで、行かなきゃならないの?
あたしがどっかにあんたを隠してあげる!
あんたの親だって…」
「「もういい!やめろ!」
「私、あなたが行ってしまってから、とても、寂しい…」
「…助けてくれ…!
どうしてこんな…ひどすぎる!」
男は自分の体の状態を、事細かに妻から知らされる。
耳はなく、鼻も、口もない。ただの肉のかたまりになってしまったことを知り、泣く。
「亜由美…、俺の目はどうなったんだ?」 「目も潰れていたわ」 「だって、こうやってお前を見てるぞ?」 「私はあなたの夢よ。夢の中で見ているの」 「今は一体、いつなんだ?」 「わからない…私はあなたの夢だもの。あなたにわからないことは、私にもわからない」 |
男から離れていく亜由美。
首にかけていたお守りを、ゆっくりと外しながら―
「待ってくれ!」 「…これからどうなるかが、知りたいのね? それはあなたが決めることよ。 あなたは、人間だから」 |
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病院。
いつものように看護をしていた看護士、ふと男の人生に思いを馳せ、涙を流す。
涙の温かさを感じた男は、看護士が自分のために泣いていることを知り、自分こそ涙を浮かべる。
看護士、男が泣いていることに気づく。
「気づいてくれ、お願いだ!
一度でいい、もう一度、俺に人と話をさせてくれ!」
頭で一回、枕を打って!
わかるわね!?」
驚く男。
そして、震えながら、力強くうなずく。
もう一度、はっきりとうなずく男。
息をのむ看護士。
「…俺は彼女と話ができたんだ…!
ありがとう!あんたのおかげだ…
これでやっと、人間に戻れるんだ!
亜由美、帰れるぞ!
待っていてくれよ!」
男の期待を打ち消すかのように、冷徹な扉の音が響く。
防衛省の人間と、医師、そして看護士である。
「彼女は彼の脳が生きていることを証明してくれたんです!
一佐、学会に彼のことを発表させてください!」
「バカなことを言うな!」
「このことは他言無用だ。
今までより厳重に人目に触れさせないよう、地下へ移すんだ。いいな」
「待ってください!
何を言われているのかわかりません。
この人は人間です!怪我をした患者なんですよ!?」
「人間の残骸だろ」
「人間です!ちゃんと見てください!」
唯一の理解者を失うことになってしまった男は、意思すら無きものとされ道具として生かされ続けるより、死を選ぶ。
それを悟った看護士は、苦しみ葛藤しながらも、ハサミを手にする。
「…これで、あなたが人間になれるなら」
男の命を繋いでいる酸素の管に、ハサミを入れる看護士。
体中をふるわせて男に背を向ける。
男の呼吸はどんどん荒くなるが、それでもうなずいてみせる。
「いいんだ…これで、いいんだ。
ありがとう…ありがとう…!」
ほとんど息ができなくなり、それでも笑ってみせる男。
そして、男の呼吸は止まった―。
看護士、涙を流しながら、白いシーツを男にかける。
人形ではなく―。
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風の音に混じって、電話のコールが聞こえる。
出てきたのは、亜由美。
「もしもし。なんだ、お父さん?
…ううん、丈二かな、と思って。
おじいちゃんとこ、電話しておくね」
不思議に思いながら受話器を置く亜由美。
風の音に導かれるように、窓の外を見る。
亜由美は夫の帰りを待ち続けている。
お腹の子どもと共に…。