『千一夜物語』公演写真&ストーリー


第3話 『千一夜物語』

夜空を見上げ、静かに語らう老夫婦―。
2人が見上げた空には、満点の星が輝いている。

「ほら、見ろ。満天の星だ
…ずっと、こうしていたいか?」
「何なの?いきなり」

「いや、お前にも迷惑かけたな」
「…疲れているのよ。色々あったから」

夫がそっと取り出したものは、白い紙包み。
夫の工場で使われていた薬品である。
黙って夫を見つめる妻と、決して目を合わせようとしない夫。

「もし、お前が嫌なら…」
「いいえ、誰がそんなこと。
息子たちには迷惑かけたくないしね」

「良平たちが、心配してましたよ。無理するなって」
「…子どもや孫にまで心配かけて、俺もお終いだな」


妻は夫の様子を気にかけながら、茶を入れに行く。
一人になった夫が思い出したのは、借金の取立て屋との会話だった。
期限までに借金を返せず、工場を担保として渡すことになってしまったのだ。



「そんな…!
あれをなくしたらこれから先、どうやって生活していけと言うんですか!?」
「みじめだねぇ…。世の中本当に冷たいねぇ」



「いいこと教えてあげましょうか?
臓器を、売るんですよ」

「…わしらは戦後の日本を創ってきた。
寒い冬、食うもんもロクにない中で必死に生き抜いてこの国をここまでにしてきたんだ。
そのわしらが簡単にくたばってたまるか…!」



「今のご時世 “何をしてきたか” より “いくら持ってるか” なんだよ!」


茶を入れ、化粧をして戻ってきた妻。

「せっかく化けたのに、誉めてくれればいいじゃないですか」
「いい所のお嬢さんが俺なんかと一緒になって、苦労したな」
「何をまた…」

「…一緒にならなきゃ良かったな」

「あそこに青白く光っている星があるだろ?
シリウスだ。
昔、船乗りも飛行機乗りもみんなあれが目印だった。
…ああなりたかったな」

「私にとって、お父さんはいつも、ああでしたよ」



 

「お父さん。
私の首、絞めて下さい」


――― ―――

死を意識する二人が思い出したのは、若かりし頃の思い出。
戦時中、若き日の夫―清司が出征する前日のことだった。







「帰ってくるって、約束して」

「もしものことがあったら、可哀相だと思って…」
「もしもって?」

「沢村清司、お国のために立派に死んで参ります!」
「…どうして、わかってくれないの?」

「死ぬって言わないで!」




万歳三唱の声が飛び交う中、周囲の人々へ挨拶をする清司。
人混みをかき分けてなんとか近づく二人。





「…さようなら」

「私…ずっと、お待ちしております」

別れを告げる汽笛が鳴る。
遠ざかっていく汽車を見つめて無事を祈る、妻。




――― ―――

「…生きて。私、ずっとそう祈っていたのよ。お父さん」

「俺はあの時、お前が待つと言ってくれたから、
あんな地獄から帰ってこれたのかもしれん」



「私は、お父さんとずっと一緒にいたい」
「お前はあの頃とちっとも変わらないんだな」


「殺して下さい」


ゆっくりと、妻の着物から帯を外し、首にかける夫。
そのまま首を絞めようとするが、妻は恐怖のあまり夫から離れてしまう。




「なぜだ…!
どうして今更こんなことしなきゃならないんだ!
あんな時代は終わったはずなのに…!」




「さあ、お父さん」




意を決した妻の姿。
驚愕し、たまらず抱きつく夫。




「帰ってきたのに…
こんなことするために帰ってきたんじゃなかった…。
俺はお前と、ただ、一緒に生きていたくて…!」

「いいんです、私なら。
お願い、もう、一人にしないで…!」

「…艶子」



愛おしくてたまらない夫、その手を妻の首にまわす。
徐々に、徐々に力がこもっていく。




「お父さん…ありがとう」






夫、目の色が変わり、自分こそ断末魔の叫び声をあげる。


その時、電話の音が鳴り響く。
ハッとする夫。投げ出されて、荒い息をする妻。
しばらく二人とも動けないが、気丈にも妻の方が受話器を取る。


「…はい、沢村でございます。
…え?…ああ…!
うん、うん、元気よ。そっちは?
…ちょっと待ってね。

…お父さん。亜由美ちゃんから。
おじいちゃん、元気かって…」

二人の死を立ち止まらせたのは、孫からの電話だった。

「亜由美か?おじいちゃんだ。
…ん?うん、大丈夫だ。工場はもうなくなったけどな。
…心配するな。お父さんとお母さんにもよろしくな」

声を殺して泣いている妻を抱きしめる夫。
互いに温かさを感じ、何度も抱きしめ合う。
生きている証である二人の涙を、星の輝きが包んでいく―。









Fin.


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