『慟哭は時を越えて』 公演写真&ストーリー

ー時は現代。

札幌市のある公園で、今夜も行き場のない少年少女たちが集まってバカ騒ぎを繰り返していた。
脳天気に騒ぐ少年たちのなか、ひとりつまらなさそうに騒ぎを眺めている一人の少女。

少女の名は、ナナ。

「こんなに騒いで、やばくな〜い?」

「なにびびってんの?」
「ケーサツとか来たらどうする?」
「あんなもん、ムシムシ!」

そこへ現れたのは一人の警官。

「…親にも見放されてるヤツなんて、捕まえがいがないよね。
ごめんね、おまわりさん」
「そうやって謝るのは、普通、親でしょ!」
「……」
「これ、友だちからもらった睡眠薬。いつでも死ねるように」

あっけらかんと話すナナに、優しく語りかける警官。

「私も死にたいと思ったことがある。
でも、このビールを作った人の話を聞いて、私は死ぬのをやめたんだ」

「死ぬまでの参考に私の話を聞いてくれるかい?」と警官が語りだしたのは、明治時代に生きた、ある男の物語だった―。

明治二十五年。神戸市のとある村で、一人の行き倒れが発見された。
その男こそ、日本で初めてビールを作った男・村橋久成。

「あの人は侍です!あの覚悟を決めた目を見ましたか?」

― 運び込まれた村医者の家で、村橋久成は息を引き取った。
「わしが村橋さんを殺したんじゃ…!」

村橋の訃報を聞き、泣き崩れる黒田清隆。
村橋の死は、当時の政界に大きな衝撃を与えた。

村橋はどのような人生を送り、最期の地で息絶えたのだろうか ―。

時はさらにさかのぼり、明治二年。北海道は函館戦争の真っ只中にあった。
村橋久成、26歳。政府側陸軍の隊長であった。
久成はこの地で、新撰組副長・土方歳三と出会う。

「三郎、見ろ。砲撃が夜空に火を噴いて、まるで火葬だ。哀れだな」
「久成さまは、敵を哀れだとおっしゃるのですか?」
「同じ士族を、お前は平気で討てるか?」

「久成さまがご無事でお帰りになる。それが何よりでございます」
「村橋さん、あんた何を信じて戦ってきた」
「…私は…!」
「士族も藩ももうない。あんた、どうする?

村橋さん、この国を頼む…」

久成にそういい残し、土方歳三は息絶えた。

函館戦争後、新政府は本格的な政治改革を始める。
しかし、戦争中に息子を亡くした久成にとっては新時代の幕開けなどどうでも良かった。

久成のもとに訪ねてきた従兄弟の東彦治(ひがしひこじ)。

「俺は樺太に行く。久成、お前も来ないか?開拓使にはお前が必要だ」
「武家の嫡男として生きることしか知らない私に、一体何ができる」
「何が出来るかは、何かを始めてみないとわからん」
「開拓使に行けば、何か見つかるだろうか…?」

明治四年。久成29歳。久成は自らの新しい夢を開拓使に賭け、開拓使東京出張所に採用される。
そこで開拓使次官の黒田清隆から、久成が命ぜられたことは、初の国産ビールの醸造だった―。

「我々のビールで異人をあっと言わせてみませんか!」
「ビールで異国と対等になる…。」

黒田の熱心な申し出に、久成は心を決める。

「そのお話、引き受けさせて頂きます」
「くうう〜!かっこいい〜!」
久成の漢気に憧れを隠せない黒田の秘書官。

「三郎、喜べ。昇進が決まったぞ。」
「本当でございますか!?」
「お前にも、いつか上等のビールを飲ませてやるぞ」
「ええ、ええ、何だかわかりませんが飲みますとも!!」

久しぶりに見る久成の笑顔に、思わず涙ぐむ三郎。

「土方さん、やっとこの国の役に立てそうです。」

黙って村橋の話を聞いていたナナは、ぽつりぽつりと、自分の父親のことを語り始める。

「うちのお父さん、クミアイやってるから、偉くなれないんだって。」

幼い頃の父親の思い出を語るナナ。

「お父さんの会社は、お父さんをバカだと思ってるんだよね。」
「…そうだな…。」

ナナの話を聞きながら、警官もまた、自らのことに思いを馳せていた―。

「この領収書にサインしないと、昇進はできないよ」
「使ってもいない領収書にサインなんてできません…!」
「それなら無理は言わんよ。
…このことは口外しないように。職は失いたくないだろう?」
「どうしてこんなに長く勤めてるのに、昇進できないのかしら。」

そう言いながら、心配そうに夫の背中を見つめる妻。
「おじさん、キミって呼ばないで!」

ぶっきらぼうに言い捨てるナナの後ろ姿を優しく見守る警官。

夜空には、星が輝いていた―。

次第に心を通わせ始めるナナと警官。大人になるのが怖い、と死にたい理由を告白するナナ。
ナナに思いとどまってもらおうと、警官は村橋の話の続きを語り始めた。

「死にたい一番の理由は…。怖いからだと思う。」
「大人になるのが怖いのかい?」
「成長する楽しみなんてないじゃん。」
「楽しいことがある人生にするために、みんな頑張ってるんだと思うよ。」
「それでも楽しくなかったら…?」

「村橋さんの話の続きをしよう。彼は、頑張って苦労して終わった人だから。」

久成のビール作りが始まった。ビール作り成功のため、政府が雇い入れたのは中川清兵衛。
しかし、中川と久成は、ビール醸造の地を巡って、激しく争うこととなる。
そして、久成がビール醸造に選んだ地は、北海道だった。

「ビール醸造は、東京では無理でございます。」

久成を説得する中川。

「“麦とホップを製すればビールという酒になる”。
…しかし、ビール作りには東京の気候は向きません」
「黙れ!これには日本の未来がかかっているのだ!」


「私の学んだドイツでは、現場の声を聞かない工場長はおりませんでした!」

「君は、私のような何も知らない者に怒鳴られて腹は立たないのか?」
「…私も、ビール作りにかけております。」

中川の言い分を受け入れ、対策を練る久成の頭に浮かんだのは、あの函館戦争で見た光景だった。

「三郎!函館戦争の時だ!ここは氷の原野だと言ったな。
ビール醸造にもっとも適した土地、それは北海道だ!」
「…しかし、政府の決定をくつがえせるでしょうか?」
「お前は私を覆したではないか。私も政府を覆してみせる!」

「ビール醸造に適した土地は北海道である。」
決定が覆るまであきらめようとしない村橋に、ついに黒田も重い腰を上げた。
そして明治9年、ついに開拓使札幌麦酒醸造所の建設が始まった。

「あんたもくどいお人じゃのう。ダメなものはダメなんじゃ!」
「異国を見返そうと言ったあなたが、日本の発展を無視するのですか?」
「…」
「この事業を成功させるには、北海道でやるしかない!」

「…わかった…!」

黒田が久成に出した条件は、ビール醸造の成功のほか、果樹園と製糸工場の開設。
久成はその条件を受け入れ、中川、三郎と共に北海道に旅立った。

麦酒醸造所開設の日、手書きの看板を持って現れた久成。

「久成さま、これは何と読むのですか?」
「“麦とホップを製すれば麦酒という酒になる”。これは私の決心だ。」

「あのお役人さんは、変わってますなあ」
「お偉いさんなのに、私たちと一緒になってはたらいて…。」
「オラ、一緒にいると緊張しちまうだ〜〜!」
「そりゃああんた、いい男だからねえ。」

休む間もなく働く久成の代わりに、あの看板が写真におさまることになった。

久成のビールづくりにかける熱意は、現地で働く人々の気持ちもつかんでいったのである。

ビールの醸造が始まった。
しかし、自然は時に人に恵み、人を裏切る。醸造所開設の年は暖冬で、豊平川に氷が張る気配はなかった。
あせりを募らせ、無謀な行動に出ようとする久成。
そんな久成の姿を見て、三郎は―。


「…氷を探してくる。」
「危険です。おやめ下さい。」
「探さねばならんのだ…!」
「久成さま、そのお体では無理です…!」

「もうこれ以上、一刻も遅らせるわけにはいかんのだ!」

「もし失敗したら…私を待っている家族になんと詫びれば良いのだ…!」

号泣する久成に、言葉をかけることも出来ず黙り込む中川と三郎。

「久成さま。ビールはきっと出来ます。三郎は信じております」

そして、この言葉が久成が聞いた三郎の最後の言葉だった―。

「村橋さん…!三郎さんが!」

男たちが運んで来たのは、変わり果てた三郎の遺体。

「…あなたにどうしても氷を見せたかったのでしょう。」
「この馬鹿が…!ビールを一口も飲まずに逝ってしまって…」

三郎亡き後、豊平川に張った氷を手に入れて、久成はついに国産ビールを完成させる。
こうして作られたビールは、明治天皇を始め、多くの人々の賞賛を得ることとなった。

久成が開拓史東京出張所へ戻ることが決定した。

今まで苦労をともにして来た仲間たちに、深々と頭を下げる久成。

「札幌ビールを、よろしくお願いいたします。」

しかし、東京に戻った久成に、黒田の秘書官から、ある情報がもたらされる。

「村橋さん、開拓史が廃止されるという噂、ご存知ですか?
相手は企業家の五代友厚ですよ。
…政府の財政難につけこんで、開拓史の官営工場を買い取ろうとしているんです。

村橋さん!札幌麦酒醸造所は売られます!」

全ての始まりとなった黒田の執務室。
ともに日本の発展に力を尽くそうと誓い合った場所で、久成は黒田に辞表を突きつける。

「開拓使の閉鎖はあなたの本意ではないはずだ!」
「しがたがない…。」
「なんだって?」
「大手の企業の協力あってこそ、開拓史の成功もある。
しかしやつらは国の利益より、自分らの利益を取ったのだ。」

「それではまるで、企業御用達の政府に摩り替わったということではないですか!
…それは詐欺だ!」
「わかっておる!」

「一体どれだけの人間が血を流して今の世を作ってきたか…。
この犠牲の上に成り立つ以上、日本は変わらねばならない。

私は海の向こうを見るために同士を斬ってきた。
…今度は金だ!殺した方がまだ救われる!」

黒田に詰め寄る久成。


「理想を失った政治に金をかける必要があるのですか!?理想を掲げねば人でも国でも目標を失います!」

「このまま貧乏国家で終わって良いのか!」



「私が今しなければならないことは、あなた方の犯した罪を償って歩くことです。
理想を失ってあなたは上っていく。私は理想を持って野に下っていきましょう。」
「…面白い。やってみたまえ。」

村橋久成・39歳。開拓使を辞職。その後、全国行脚の旅に出る。
放浪中の足取りは、一切不明―。

黒田に約束した通り、久成は歩き続けた。

それは、金と権力で踏みにじられていく
日本という国への鎮魂歌であったのか。

それとも、肉体が衰えるばかりか
その精神までも衰えていく国家の英雄たちへの抵抗だったのか―。

何も語らず、あまりに潔く逝ってしまった村橋久成。
彼のような人が明治という時代に生きていたことを知る人は、あまり、いない。


−村橋の話を聞き終えたナナは、真剣な表情で警官を見つめる。
そして初めて語られる、警官の過去。
ナナが警官の生き様に重ねて見たものは…。

「おじさん、どうしてこの話を私にしたの?」

「私も思ったことがある。世の中は汚い。生きていたくない…。」

「…どうして?」

「君のお父さんと同じだよ。」

自分の息子が飲酒運転をしてつかまった、という警官の話にじっと聞き入るナナ。
あたりは暗くなり、救急車のサイレンがどこからともなく聞こえてくる。


「君の息子は何てことをしてくれたんだ!」

「どうしたら償えるでしょうか…?」

フラフラと立ち上がった警官が取り出したのは、一本のロープ。
それを見たナナは…。


「やめて、おじさん、行っちゃいけない、やめて!」

ナナの叫びが聞こえたかのように、妻と娘が走りよる。

「頼む、死なせてくれ!こうするしかないんだ…!」

「あなたが逝くなら、私も逝きます…!」

「お父さん、俺は村橋みたいに生きたいって言ってたよね。
お父さんだってあの人と同じなんだよ!

警察の中でも辛くても頑張って、どう生きていったら良いか、教えて!」

妻と娘を力強くだきしめる警官。もうその目に涙は浮かんでいなかった。
家族を見つめていたナナの心に、父親、警官、そして久成の生き様が重なった―。

「おじさん、やっとわかった。おじさんが何を言いたかったのか。

うちのお父さん、間違ってなかった…!

あたし、もう大丈夫だから…!」
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